日常 それは奇跡になる

  • 2020年10月15日
  • 2020年10月15日
  • 澪標

日常と「日常」

今日、喧しく言われている「日常」という日々は、安全、安心、平凡といった言葉が内在されているがゆえに虚構と言わなければいけない。ぼくたちが生きていたほんらいの日常という日々はおおくのリスクを内在していたはずだ。しかし、その日常はリスクを忘れることをぼくらに求め、それが完了することによって日々は日常になる、という厄介な構造をもっている。それは現実をひとつの物語にすることでもあった。そしてこの物語化するということは、歴史を語るということでもある。

ぼくたちが語ることでしか歴史を構築できないとするならば、有事といわれる昨今のコロナ禍において、どこかに隠れてしまった日常を掘り起こし、その中身をのぞくこと、虚構なる「日常」と日常のかかわりあいをみつめることには、なにか意味があるのかもしれない。

冒頭に書いたように、今日言われている「日常」という日々には安らかな言葉が内在され、かつ、それが現実であったような顔をしているという点で、まったくの虚構である。現実としての日常にはさまざまなリスクが内在されているはずだ。

たとえば、車を運転するとしよう。車はとても危険な乗り物である。すこし操作を間違えれば大事故につながり、自分もしくは他人、またはその両者を死に追いやってしまう。しかも、運転のテクニックは非常に言語化しにくい感覚化されたものがある。運転者はときに無意識に、ときに意識的にテクニックを取捨選択しており、それはこれまでの経験に基づいておこなわれている。そこへこれまでの経験にはなかったノイズが入り込むことによって事故が起きる。

車の運転をするという行為は、このことからまったくリスクと共存しているものだ。できることなら車は運転しないほうがいい。しかし、ぼくたちは車の運転をしなければいけないし、慣れれば慣れるほど、そのリスクをだんだんと忘れていくのである。

これは、道を歩くということすらもまたリスクを伴っている、ということをしめしている。なぜなら、道にはリスクの塊である車が大量に走っているからだ。車の運転者の無意識的な選択とそこに入ったノイズによって歩行者の命が奪われてしまうという痛ましい事故は数多く起こっている。

では、ずっと家にいればリスクは減らせるだろうか。たしかに減らすことはできる。しかし、そのような生活はおおくのばあい経済的にも健康的にも叶わない。まずもって日本という災害大国では、家すら安全安心な空間ではないことは、おわかりいただけることとおもう。

このリスクにまみれた日々を多くのひとは、日常と呼んでいるのだ。ただし、ぼくはこの文章でただたんに、この現実を受け入れることを目的としているわけではない。この現実が忘れられ、安心安全というような物事のひとつの側面を取捨選択し、物語として日常が「日常」として生まれ変わることに注目したい。それが目的である。

忘れること

忘れることは罪である。このようなあまりにも正しい注意をよく見かけるし、よく耳にする。けれども、忘れてしまうのが人間だ。ならば、忘れることはあながち罪ではないのではないか、というスタンスがあってもいいはず。とくに歴史を語るときに忘れることを肯定しながら歴史を語ることはできないのだろうか。ぼくはそれをずっと考えている。

そこで日常を眺めてみると、忘れることにいかに偉大な意味があり、それはときに残酷で、愚かであるかをまじまじと感じさせられる。ぼくたちはリスクに埋もれたこの日々を、そのリスクを忘れることにより、なんともなく、美しくも、愚かに人生を生きている。ひとたびその愚かという現実のみに囚われてしまえば、ぼくらは生きることすらできなくなるだろう。

忘れることはある意味において、よりよく生きることと同義なのだ。しかしあることに囚われて、そのあることを忘れることができなくなる日々がある。それをぼくたちは有事という言葉で読んでいる。

今日のコロナ禍はおおくのひとびとに有事として捉えられている。たしかに、アメリカでは20万人というひとびとが死んでしまったし、日本でもこの文章を書いているいま1500人以上の死者が出ている。しかも、毎日感染者数と死者数が数値化されたかたちでYahooニュースなどに取り上げられていることから、死のリスクがとてもちかい日々であり、これは有事という言葉に親和性を与えている。

しかし、ぼくたち人間はこのような有事につねにさらされて生きていけるほどつよい生き物ではなく、むしろよわい生き物だ。だからこそ、いつかこの有事を終わらせて日常に戻らなければいけない、という願望が生まれ「日常」という虚構の言葉が氾濫してくる。

日常に戻るためにはいくつか方法があるが、すべては、コロナウイルスというリスクを忘れることに収斂しているのではないだろうか。今日もっとも求められている新型コロナウイルスのワクチンもしくは、特効薬の開発とその普及は、それを忘れても良いものにすることを意味している。しかし、そのワクチンや特効薬といういつ来るかもわからない忘却の薬を待つのはあまりに酷だ。だからここ数ヶ月言われているように、自粛疲れによる観光客の増加が起こる。この観光客の増加は日常へ戻るひとつのきっかけであることはたしかであるから、これは、コロナを忘れようとする人間のなにかしらの思索による行動ととらなければいけない。一概に批判することは難しい。

くわえて言えば、ワクチンや特効薬には必ず副作用がある。その副作用をもつ薬を社会に流通させるべきか否かは、その副作用の発症確率によって左右されているらしい。薬という科学技術の結晶によってぼくたちは新型コロナウイルスのみならず、その副作用すら忘れようとしている。考えてみれば、コロナのリスクに対する恐怖と、それへの武器であるワクチンもしくは特効薬の副作用のリスクはほぼ同質であるから、いまおおくのひとが感じている不安は日常のなかに内在されていることがより一層明確になる。

コロナ禍を終えるには、コロナウイルスというリスクを忘れることがひとつのきっかけになるのはたしかだろう。そして、ぼくたちはこのリスクを忘れた生活スタイルを 共存 と呼んでいる。言いかえればリスクを無意識的に受け入れることによって、人類はコロナウイルスと共存できるのだ。そしてこの忘れることによって営まれる 共存 こそ 日常 である。

ここでもういちど、カギ括弧つきの「日常」という言葉を思い出して欲しい。

ぼくは先にこの言葉には安らかな言葉が内在されているという点で、これを虚構と断じ、それに対置するかたちでリスクを内在する現実の日常を書いた。ぼくがここで書きたいこととして重要なのは、日常と「日常」は反発する関係にはない、ということである。

なぜならば、日常はリスクを内在しているが、そのリスクは必ずしも意識されているわけではなく、忘れられているからだ。車の運転でもコロナウイルスでも分かるように、ぼくら人間は、つねになにかに怯えながら生きることはできない。だから日常を歩むことができる、と先に書いた。

このように、ぼくらはつねにリスクに冒されているがゆえに、そのリスクを忘れることを必要とし、リスクを忘れた世界をぼくたちは「日常」として語る。日常にはつねにリスクが内在されているが、リスクが忘れられた「日常」にはリスクはない。ひとたび、リスクを内在した日常を思い出しても、それはすぐに生きるために忘れられる。はたまた、忘れられないリスクが目前にあらわれたときには、その日々を日常から切り離し有事とくくる。そして「日常」を求める。まとめると「日常」とは現実からなにか素材を取捨選択して物語られたものであり、それは、ある種の虚構でもあるが、その「日常」は日常からの派生関係にある、と言いたいのだ。

この構図は歴史という過去の事象を物語る行為に対して大きな示唆を与えてくれる。

選択され

過去はさまざまな記憶・情報の積み重ねである。その積み重なった情報の性質は多岐にわたる。もっとも身近な過去である人生経験について言えば、昨日食べた夕食も、今日の夕食も基本的には同質の情報である。かたや大学入試や就職活動はその夕食たちの記憶と比べると、現実としてもうすこし大きな記憶・情報と言っていい。

このさまざまな性質の情報をぼくたちが、人生として語ったとする。先にも書いたように、物語られるという行為それを歴史の基準とするならば、そのとき、人生は歴史となるわけだ。この人生なる歴史を語るとき、その性質が異なる情報はその性質にこだわることなく、取捨選択され再構築されていく。

何気ない夕食だった昨日の唐揚げと次の日の大学入試の出来には、ときにただならぬかかわりあいが生じる可能性がある。たとえば、昨日のから揚げはなにかいつもと違った。そして大学入試でいつも解ける公式が解けなかった。という負の連鎖がひとたび組み立てられ、歴史として構築されたとき、なにげない日常であったはずの夕食が、非日常である大学入試と同じレベルに立たされることになる。言いかえれば取捨選択された情報だけが、ある因果関係を結ぶことになる。

これは、日常からリスクをとりさり、虚構的に「日常」を構築していくこととよく似ているのではないだろうか。

「日常」は日常から安心、安全、平凡といった安らかな言葉を取捨選択して構築されたものであることは先に書いたが、これこそ、日常を「日常」として歴史化していると言っていい。昨日の何気ない、しかしいつもと違った唐揚げと、大学入試の失敗とに因果関係が結ばれる。それと同じように、「日常」はコロナ禍の不安から現実の日常のリスクをそぎ落とし、安心、安全、平凡といった側面のみを選択し、構築され因果関係が結ばれている。この選択し、構築され因果が生まれることこそ歴史を語る行為、方法だと言っていい。もうすこしはなしをひろげてみれば、おもしろい言葉でその方法を定義できるのかもしれない。

それは

歴史とは、日常を奇跡に構築しなおすもの

という定義だ。

抽象的で濁された定義だとおしかりを受けるかもしれない。たしかに抽象的な定義だ。しかし濁してはいない。ある歴史家が、その専門的な知識と文献解読、もしくは考古遺物の解読というこれまた専門的なテクニックをもちいて、ある事件を完璧なかたちで組み立てようと努力したとしよう。しかし、先にも書いたように過去の情報(記録・記憶)はそのレベルにおいて多岐にわたる。そして、ときに情報は有り余ってしまう。そのとき歴史家は情報を取捨選択しなければいけない。その選択はもちろん意識的におこなわれることだが、ときに無意識、もしくは職業経験的勘によって嗅ぎ分けられる。ここでさまざまな情報の、性質と因果関係は現実から解き放たれ、歴史として目前に提出されることになるのだ。

もっと情報がおおくなることもありえる。たとえば、このコロナ禍でのひとびとの動きを逐一追うことはできない。なぜなら、SNSの台頭によって何億というひとが情報を発信できるようになったからだ。もしこのコロナ禍でのひとびとの動きを歴史として構築するとすれば、統計的なデータを活用するか、もしくはリサーチを知識人や政治家といった情報収集がより容易なグループに規定していく必要が出てくる。これが、情報の取捨選択である。

このように取捨選択された過去という情報は、物語られた歴史のなかにおいて奇跡になりえるはずなのだ。昨日のなんとなく違った唐揚げはそのまま忘却され海のその底に沈み思い出されることはなかったかもしれない。しかし、その夕食は大学入試へとつながれ、奇跡となる。

この奇跡をうみだす方法こそ歴史だと言っていい。そして、情報はつねに取捨選択されているし、人間はすべての情報に目を通すことができるわけではないからこそ、さまざまな歴史が乱立するのだ。そして奇跡を生み出しているのは取捨選択という行為であり、その行為は歴史家によっておこなわれるのだから、歴史家は奇跡を生み出す職業と言ってもいいだろう。そして人生が歴史ならば、人類はみな奇跡を生み出している。

来年もあるから

この奇跡がうまれる構図からすこしだけコロナ禍の社会を見てみよう。コロナ禍ではおおくの行事が中止された。甲子園、合唱コンクール、修学旅行といった、来年もあるから、という中止の常套句が通用しないような大きな行事すら中止されてしまった。社会がここまで混乱してしまったがゆえの過ちであり、この過ちをこれから人類はきちんと清算していかなければいけないことはもちろんだが、ぼくはここで、来年もあるから、という常套句を批判したい。はたしてその小さな行事は来年もあるのだろうか。

ここまでの文章を辛抱つよく読んでくれたひとなら、ぼくが、来年もあるから、という常套句にどんな批判を向けるかある程度はおわかりいただけるだろう。

ぼくたちはさまざまな情報を取捨選択して、歴史を構築している。それは、歴史を構築するときにさまざまな情報レベルが等しくなることをしめしているとも、その等しくされた情報はあらたな因果関係を結び奇跡となるとも書いた。ということは、来年もあるから、という常套句はこの豊かな日々の可能性を否定してしまっている、ということになるのではないか。

たしかに桜は来年も咲くだろう。その点では、来年もあるから、という常套句は通用することになる。いわば、これは現実としての日常だからだ。しかし、歴史家のみならず、ぼくたちが重視しているのはカギ括弧つきの「日常」であり、それは歴史である。その点からすると、来年もあるから、という常套句は通用しない。

なぜならば、来年の桜と今年の桜という情報が、いかなるほかの情報とつながるのかぼくたちは予測できず、今年の桜を見ることによってそのひとの人生は変わったかもしれないが、そのひとが、今年見るはずだった桜を、来年に見ても人生が変わるかどうかはわからないからだ。もちろんこのたとえには矛盾があるが、来年もあるから、という常套句は、豊かな日々の可能性を無意識に否定していた。それがどれほど愚かであったのかも、有益であったのかもぼくにはわからない。しかし、ひとつだけ言えることは、ひとつひとつの情報が奇跡になるのであれば、来年もあったはずの小さな行事は人生最後の行事になるかもしれないということだけだ。

ここにひとつの問いがうまれてくる。ぼくらは日常をありのままの日常として語ることができないのか、という問いだ。おそらく、考えがひどく不安定だが、いま考えている限りでは、ぼくらは無限につづく日常を言語化することができない、と答えるしかない。なぜなら、情報は取捨選択しない限り語ることはできないからだ。ぼくがここまで書いてきた現実としての日常も言語化したとたんにそれは歴史となり「日常」になってしまう。

そしてここからまたひとつ問いが生まれてくる。それは、では有事とはなにか、という問いかけだ。有事はたしかに存在する。第一次世界大戦、第二次世界大戦のような悲惨な人為的な有事も、3.11や今日のコロナ禍といった自然的な有事も存在するが、重要なのは、有事にはつねに歴史として、奇跡として存在させられている、ということであり、それは日常と完全に切り離せられるものでもない、ということだろう。

有事に「日常」はないが、日常はある。なにより日常から有事が派生する。

「思い出すために」と奇跡

ここまでの文章は数日前にぼくが投稿した「思い出すために」という文章とも関連した内容である。ここで、その文章を振り返り、ぼくがこれまで日常の重要なカギだとしてきた忘れることと、その投稿で書いた歴史において重要な思い出すことを並べて、終わりとしたい。

数日前に投稿した「思い出すために」という文章は寺山修司の詩「思い出すために」をヒントにして書いたものだ。詳しくはその文章をお読みいただきたいが、概略を書いておくと、寺山はあまりに美しい自身の数々の思い出を忘れたいと願うと同時に、思い出したいと願っていて、そこにぼくは、寺山は思い出すということになにかしら特別な意味を見出している、と踏んだ。そして、その忘れたいと願った数々の思い出に、直接的なつながりがないことを軸として、寺山にとって思い出すことは、もともと記憶がもっていた因果関係やつながりをいったん忘れることによってそれを開放し、新たな因果関係をつなぎだすことではないかと考えた。それはぼくの言う「ひとりの木」と同じ意味をもっていると。

寺山の詩は忘れるということをある意味で肯定し、思い出すことに美徳を見出しているわけだが、この構図は歴史と同じだと思う。それについても、「思い出すために」のさいごで書いたが、その意味は、忘れることによって新たな歴史が構築される、ということであった。

因果関係や構築という言葉はこの文章でも何度か出てきたことと思う。

忘れるということは愚かであることに変わりはない。近代日本のさまざまな罪は継承されるべきであるし、原子力爆弾の猛威とその愚かさもまたそうだ。しかし、ときと日常はつねに流れていく。そして記憶は風化していってしまう。忘れるという愚かな行為は止められない。とくに人類というレベルにおいて、忘れることをとめることは不可能に近い。

しかも、もしぼくの考えが正しいならば、忘れることは歴史の源泉である可能性すらある。忘れ、思い出され、再構築される。昨日のいつもと違う唐揚げは大学入試の試験開始まで忘れられていたかもしれない。しかし、失敗したとたんそれが思い出され情報の質が同質となり、再構築され因果が結ばれる。これは奇跡であり固有の歴史である。歴史は忘れることを拒絶しながら、忘れることによってその価値を保っているのではないか。

岩石は風化をして、それそのものの色合いや質感を失うと同時に、新たな価値が風化現象によって創発してくる。

歴史は風化した岩石のように、忘れられ風化したその記憶を思い出し、再構築し、その風化した色合いとともにあらたな価値を創発していく。

ここまでふらふらと随筆的に書いてきてしまった。日常という言葉と歴史という言葉を使うならば、先学の知恵を参考にし、継承すべきだった。不完全かつ稚拙な投稿になってしまったがお許し願いたい。

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