ブログの余命

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2020.09.24 文章訂正

このブログですが、今年度いっぱいで閉鎖することにしました。

理由は多岐にわたりますが、一番大きいのは維持費を獲得できないことです。このブログにはさまざまな維持費がかかります。それこそ、文章を書くためには本を買わなくてはいけないし、ときにはフィールドに出なくてはいけない。なにより、ドメインやサーバーの使用料がかかります。それらを何かしら回収できなければ、継続は不可能、そう考えなくてはいけません。

いま思い返せば、ぼくはこのブログですこし抽象的なことばかりを書きすぎた感があります。それは、ぼくが大学院で考古学の理論と方法を研究対象としていたこととも関係があるのですが、ほんらいならば、より具体的なことがらについて、それこそぼくなりの視線で書き表現すべきでした。しかし、ぼくの堕落的な態度が要因となって、このブログで書けた具体的な文章はホームレスの文章ただひとつでした。

ブログ自体はあと数か月つづきます。その短いなかでなにか具体的な文章が書ければと思いますが。まだ書けるかどうかはわかりません。

このブログを閉鎖したのちのこともまた、考えていません。書くことを諦められなければnoteなどの無料プラットフォームで活動をするかもしれませんが、その可能性は低いです。

ぼくはこの期に、自分がさいごとしてもってきた夢をあきらめようかな、と考えています。ぼくは表現者になりたかったのですが、それを諦めます。ここ数年ぼく自身と向き合ってきた結果です。

ぼくがこのブログで、やりたかったことは考古学をより豊かにすることではなく。考古学はより自由なものであることをしめしたかったのです。

今日数多く開講されている、考古学の市民講座などの場で語られるのは、いかに考古学は豊かであり有意義であるか、という自己肯定です。これに対し、ぼくは考古学が豊かなのではなく。世界が豊かであるからこそ考古学が自由かつ豊かになりえるのだ、と考えていました。そしてその根底にあったのが、この世界は気づかないだけで美しい、という宮崎駿の言葉です。

考古学という色眼鏡から見れば、世界は日常生活とはすこし違った世界になる。それは美しくもあり、残酷でもある。そんなことを考古学でできたらなんと素晴らしいことだろう。そんな妄想からはじまったのがこのブログです。そしてその妄想の原動力が、現在の考古学世界に安住している学者たちへの批判だった。

考古学の世界の貧しさ、いや不自由さは、考古学関係者によってかたちづくられています。また、考古学で生きるということは法律で守られたレールの上をただのうのうと歩くことでしかありません(ぼくの言葉で言えば純正考古学をやるということ)。レールをそれたらそれはもう彼らにとっての考古学ではない。

しかし、考古という思考は人間本来の能力です。ぼくたちが死体をみたときに感じる静寂さへの不安は動きの停止がおきていることへの不安であり、それはモノからコトを語ろうとする考古学がもつ思考法の裏返し的な不安と言える。言いかえると、レールがいかに錆び褶曲しようとも、この世から法律が消え文化財が保護されなくなったとしても、人間が人間である限り考古は滅びないのです。ほろびるのは考古学なるひとつの近代的な限られた活動だけなのです。

少し話がそれてしまいましたが、ぼくがやりたかったことそれは、考古という思考を、純正考古学なる限られたカテゴリーから脱していくことでした。しかし、それはただの妄想として終わることになります。

この原因も多々あるものです。ひとつはぼくが自分でもうまく言語化できないほどに純正考古学を嫌いになってしまったことがあります。そのせいで、ぼくが考古学を拡張するとか、自由にすると言ったとき無意味な学界批判をおこなってしまい、それこそぼくが純正考古学の世界に取り込まれてしまった。

もうひとつはひとりでやるのには強い限界がったことです。ぼくはこのブログをほぼひとりでやってきました。ただ協力してくれたひとはふたりいました。しかし、彼らとぼくは仲間になることはできなかった。それは問題意識を共有していない、共有する必要もなかったからです。また、ぼくがこのブログをつくろうと考えたとき、もうすこしひろく協力者があらわれることを願っていました。このブログの情報を拡散するのに協力してくれたのはただひとりだけでした。まったくぼくの人望のなさを恥じるばかりです。しかし、これもいくら後悔したって仕方がありません。

こんなところでこの投稿は終わりにしましょう。

ぼくは無駄に負の遺産を継続してしまった。もし、ぼくが大学院を卒業したときにすべての考古学的縁を切ってしまっていれば、もう少しうまくいったかもしれませんが、恩を感じていたことも多かったのでそれを決断できなかった。それがぼくのひとつの欠点だったと自己回顧しておきます。

もし、自由な考古学をつくりたいと思っている人がいるのならば、ぼくの失敗に臆することなく果敢に挑戦してほしいと思います。ぼくはたんに世渡りが下手すぎた。だから失敗してしまったのです。なにか教訓になればと思います。

人生はおそらく一度しかしかありません。その一度をいかに生きるかは勝手ですが、やはりレールの上よりもレールのない荒野を仲間とともに歩むことが素晴らしいとぼくは感じています。

このブログの生存期間はあと数か月しかありませんが、さいごまでよろしくお願いします。

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「ひとりの木、考古学」は、色眼鏡を提供します。

このブログは、来訪者のみなさんに、ぼくの眼鏡で見た世界を書き表すことによって、色眼鏡を提供すること、それを目的としています。 世界は、正方形でも、まんまるの球体でもありません。見方によって世界は変化します。色眼鏡をかけることによって、それが促されるのです。その色眼鏡をはずし、元の世界をみたとき、あの色眼鏡が見せた世界は何であったのかを考え、「ひとりの木」を育ててほしいと思います。それがこのブログの目的です。

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