歴史が死ぬ前に

この文章を書くことをとても迷った。

その理由は、ぼくに下につづく歴史学者批判を書く能力があるのだろうか、という自己問答があったからに他ならない。ぼくには歴史家としての業績は、なにひとつないからだ。しかし。ぼくは歴史を構築する営みを愛している。だから、いささか限界がある内容になると思うが、精いっぱい努めよう。

歴史は何のために、学ぶのか。

この問いは、非常に抽象的で答えるのは難しい。歴史学者や歴史家のおおくは、マルク・ブロックの『歴史のための弁明』の最初の一節を思い浮かべるだろう。ぼく自身もこのことについて考え、このブログにおいて、「澪標」という投稿を書き、そのなかで、歴史は現在を説明することができる。しかし、より善い未来を作れるとは限らない、と書いた。その意見は今も変わっていない。このように、すこしばかり消極的な歴史の役割をぼくは考えているのだが、ぼくが歴史を構築しようとするうえで、その消極性を遥かに超えて大切にしていることがある。それが、過去のひとびとへの感情移入だ。

これは、ぼくだけの気質ではないのではないだろうか。もちろん、そこには差こそあるが、おおくの歴史家や歴史学者は、過去の積み重ねを掘り下げたとき、そこに、多くの死者の上に成り立っている、ぼくらの世界を認め、その死者たちの夢を知り、その残滓を受け取っているはず。感情移入は歴史の精神的な基軸と言っていい。

ここに、先の抽象的な問いへの、ひとつの答えがある。歴史を学ぶことは何かの役に立つというわけではない。しかし、過去を掘り下げ、歴史を組み立てることによって、ぼくたちの世界は、ぼくたちだけがつくったわけではないこと、そして、この世界は、ぼくらと同じように、だれかに受け継がれていくことを知るだろう。

ぼくら人間は、さまざまなものを積み重ねてきた。近代歴史学の父と言っていい、レーオポルト・フォン・ランケは『世界史の流れ』(1998:ちくま学芸文庫)のなかで、人間個人は有限の存在であるから、その精神は進歩せず、無限の存在である人類によって培われる技術は進歩していく、と述べている。ぼくは、このランケの意見に完全に賛成という訳ではないが、この言葉はとても重く、また、先の抽象的な問いへの、ひとつの答えを明確にしてくれる。

ぼくらは技術だけではなく理念理想もさまざまなかたちで受け継いできた。進歩しているかどうかは別として。

今日のコロナ禍において束縛されている自由がそのひとつである。歴史を構築することで、ぼくらが知り得ること、それは、ぼくらの世界の成り立ち、いわば層である。

歴史学者は、事あるごとに最初の抽象的な無邪気な問いと出会うであろう。そのとき、歴史学者は、おおくのばあい、ぼくと同じような過去の積み重ねを知ることや、ぼくとは異なる、より善い未来のためと答えてきたはずだ。もう一度、言い換えれば、層について答えてきた。しかし、その答えをこれから、言い続けることはできるのだろうか。これが、ぼくの歴史学者批判である。

歴史を学ぶ理由は、過去の積み重ねである層を知り、そのなかに含まれる夢の残滓を受け継ぎ、なんらかのかたちで表現し、次世代へつなぐこといっていい。しかし、おおくの歴史学者はこのコロナ禍において、その夢の残滓をあっけなく、生物学的、医療学的、統計学的命題に従順して捨てている。ぼくの目にはそうにしか見えない。

ぼくらが今日、いや数か月前まで当たり前のように謳歌していた自由は、先述したように、過去の死者とその夢の残滓の層の上に成り立っていた。ぼくらのよりよい自由な生活は、かけがえのない、死者と夢の残滓と共にあったのだ。

ぼくらが、歴史的な動物であるならば、この謳歌できる自由をかならず次世代へ残さなければいけない。そのための答えはいくつあるだろうか。ぼくには限りなく少なく見える。

たとえば、このまま自粛をして都道府県の移動を規制したとしたら。ぼくらが謳歌していた自由のための死者と夢の残滓の積み重ねは無駄になるのではないか。なぜなら、いとも簡単に個人の自由を束縛しているからだ。

答えは自ずと見えてくるはず。ぼくら人類は、ウイルスと共存し、個人の権利を、個人の自由を束縛する自粛、とくに精神的な拘束性が強い緊急事態宣言の再宣言に反対すべきではないだろうか。

ぼくらが謳歌していた自由はあまりに尊い死者と夢の層の上にあった。そしてぼくらは、その自由をただ謳歌するだけだった。そのとき、自らの命を脅かす、あらたなる存在があらわれ、医学者の忠告を盲信し、その積み重ねを、あっというまに明け渡している。あまりに都合がよすぎるではないか。歴史学者はこの過去をないがしろにする状況に、意見を発するべきである。はたして、生物学的、医療学的、統計学的知のみでこのコロナと向き合うべきなのだろうか、と。

ぼくの答えは否である。ぼくは、ここに、自称と揶揄されてもかまわないから、ひとりの歴史家として、この個人の権利を当たり前のように束縛する状態に、歴史の立場にたって反対しておく。それは、人文学のひとつの役目でもあると考えてもいる。

政府の保証体制がどうのこうのという問題ではない。個々人がさまざまな過去の積み重ね、層から、どのような夢の残滓を受け継ぎ、歴史を構築し行動するかの問題である。

もちろん、その結果、自粛を受け入れるという結論ならば、それは尊重する。もしそうであるなら、きちんとその歴史構築の経緯を表明してほしい。また、個人の権利としてマスクの着用を個人が行うことは誰にも妨げられないが、他の個人に対してそれを促すことはできない。ましてや強制するなど論外だ。そのマスク着用などを法律によって強制することは、法治国家日本では可能だが、ぼくはそれに反対する。これ以上、個人の権利を束縛することは歴史的に危険であるからだ。

ぼくには、今 歴史はほとんど死にかけていると感じる。この状況が続き、歴史学者や歴史家の意見表明がないなら、コロナ禍が終息した後の歴史学がいかなる役割を担えるというのか。ぼくははっきり言って、その資格がなくなると考える。このままでは歴史は死ぬ。まだ死んでいないことを祈るばかりだ。

ぼくは、大学にも属していないし学位も修士どまり。そのため、ただの一般人の戯言と言われてしまうかもしれない。だが、ぼくなりの正しいと考える意見の表明である。大学に所属する歴史学者にはひとこと言いたい。なぜ、おおくの歴史学者はなんの意見の表明もしないのか。自分の研究環境が守れればそれでいいのか。これまでもあった、人文学部不要論への反論には活発だったのに、今その活発さがなくなっているのはなぜだろうか。

もっとも、近代歴史学の本拠地であったヨーロッパで当然のように外出禁止令が出されたこと。ナチスドイツへの反省を出発としたドイツが3人以上の集会を禁止したことについては、驚きとともに深く悲観している。これはもはや過去になったが、この過去を忘れてはいけない。そしてその過去からぼくらは一度、ヨーロッパで自由の歴史は死んだことを学ぶべきだ。もちろん、日本でも緊急事態宣言によって自由の歴史は死にかけた。

もちろん、さまざまなしがらみで意見が言えないひともいるだろう。ぼくはそのひとたちに無理に意見を出してほしいとは絶対に言わない。しかし、できる限りの方法を模索してほしい。している方がいるのなら教えてほしい。

ぼくら歴史家や歴史学者が、もっともがっかりする“後出しじゃんけん”にならないように願いたい。歴史が死んでしまう前に。

追伸 2020年7月27日
最後にぼく自身もまだ迷いがあるから追伸として書き記しておきたいことがある。残酷かつ暴力的な書き方でしか表現できないが、現実として、ぼくは人類の数が何かしらの作用によって減少することは、人類史という観点に立って仕方がないことだと考えたい。

事実、遺伝学的に、人類はこれまでに、数々の人口減少を体験しボトルネック効果を受けて、現在に至っている。約7万4千年前のトバ火山の噴火によって旧石器時代人は危機に立たされたが、一部が生き残り、その後も生き残った血筋がぼくらに続いているのだ。

ぼくらがこの地球で生きていくことは、それを受け入れることに他ならない。どれだけ科学が進歩しようと、ぼくらはいつか死ぬのだ。

日本人はよくこれを理解しているはず。首都東京は今後30年以内に大きな地震が襲う可能性が高い。静岡から九州にかけての海溝を起因とする地震もそのうち起きる。数多くのひとびとが死ぬだろう。しかし、ぼくらは未だに東京に住み、沿岸地域に住んでいるではないか。きちんとぼくらが本来的に抱えているリスクを自認してほしい。

ぼくは、個人の命や死をどうでもよいと考えているのではない。どちらにもかけがえのない尊厳がある。これも歴史の積み重ねのなかで培われてきた。ぼくらは、自分もしくは誰かが生き残ることを願い、それに社会や文化をつないでいく必要もあるのだ。

ウイルスという自然に対してやれることなど限られている。

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