純正考古学への違和感

  • 2020年7月14日
  • 2020年7月15日
  • 未分類

あまりこのような文章を書くのは気が引けるのだが、ここ数日の間に書かなければいけない、という感情が強まっているので、ぼくがかつて心血を注いでいた、考古学という学問への違和感を書いておく。

考古学は、冒険やロマンという言葉に代表されるように、麻薬的な中毒性がある。この中毒性は、考古学に魅せられたひとびとにとっては、心地よいものかもしれないが、ぼくのような考古への関心があるが、それ以外への関心もまた強いひとには、いささか居心地が悪く、息苦しさを感じる。ぼくが純正考古学(ぼくの造語:アカデミック考古学と行政考古学)と距離をとろうと考えたのは、まずこれがきっかけとしてある。ぼくにとって考古学は全く自由ではなかった。

純正考古学を生業とすること、それが考古学者や専門家と言われるひとびとのひとつの条件になっている。純正考古学は、先述したように、大学や研究機関に所属するアカデミック考古学と、埋蔵文化財課や教育委員会などに所属する行政考古学とに分けることができる(財団法人もあるが、それは後者で、博物館に関しては前者後者どちらに区別するかは難しい場合があるが、ここでは後者にする)。現在、そしてこれからもぼくはこのふたつには所属する気はない。なぜなら、このふたつの考古学者への道はあまりに不自由であり、思考停止に陥っているからだ。

アカデミック考古学に関しては、大学に所属することが多い。そしてその大学は、現在、かつてのアジール的立場は忘れ去られ、市民や町といかに接触するかに重きを置くようになている。地方大学ならなおのこと。その結果、当然の帰結として大学は市民の監視が行き届く場になり、自由さは減った。ただし、国立大学と私立大学で差があるが学問の府としての大学の権威は未だ強い。未来を予測することは、ぼくの歴史観では困難なのだが、大学はこのままいけば、テレビ局と同じ運命をとどると思う。

ぼくも、努力をして博士課程に進学し、博士論文を出し大学教授を目指す道もあったが、その道は相当前から諦めている。それは能力という問題ももちろんあるが、それ以上に大学の環境があまり好きではなかったからだ。先に書いた市民の監視もそうだが、ここ数年の産学連携など大学の全体的な方針をあまり好んでいない。そんな環境へ、ぼくの限られた時間使ってはいる暇はない。

大きな問題として、考古学コースがある大学の評価基準が、いかに即戦力のある学生を養成しているか、が問われていることがある。

大学で考古学を学ぶ学生は、考古学を続けるならば、たいていのばあい行政を目指す。行政は現在、埋蔵文化財に追われているから、即戦力を求めている。行政的な発掘ができ、実測図が書け、報告書が作れる人間を求める。その結果、大学は行政考古学者の養成所となり下がっている。ぼくの経験からすると、真なる自分の問に答えようとする学生は本当に少ない、というより見たことがない。みな、頭よく後を考えて最良策を選び行動している。だから、ぼくにとって学生はつまらない存在だった。大学教授から、この行政考古学への道以外に何を教えてもらったかを聞いても、答えられるひとは少ないのではないだろうか。ぼくもそうだった。石器の見方も、図の書き方も、研究の仕方も系統だって教えてもらったことはない。

考古学の世界しか知らないが、研究は、盗むしかない、とぼくは考えている。だからぼくは、研究の仕方に関して指導教官含めさまざまな研究者の論文からそれを盗むように心掛けた。実測に関しては、暇な授業があると、プリントにどう書けばいいのかを考え落書きをしていた。石器の見方は、自分で石器をつくり、それをカードにどう割ればどんな痕跡が出るのかを記述する訓練をひたすら授業中や家などで続けた。

教授から何かしらの作業を任され、将来のために、それに沈潜する学生。行政考古学者養成所が現在の大学と言える。もちろん、優秀な学者を輩出している大学もあることは明記しておきたい。

その要請された学生が勤めようと目指している行政考古学は、埋蔵文化財の保護活用を目指しているが、実情は埋蔵文化財の“処理”といったほうがいい。なにか道をつくる、工場をつくるといったとき、その場が埋蔵文化財が埋蔵されている遺跡であれば、発掘を行わなければいけない。このような、緊急的な発掘調査が、行政考古学の主だった仕事になっている。そして、そこから出土した文化財は予算のなかで、報告書をつくるのだが、このとき、遺物の実測は下請けに出す場合が多い。これはまさしく処理でしかない。

ぼくは、ここに行政考古学のなみなみならぬ問題が隠れている、と考えている。じつは、その問題意識をもってぼくは修士論文を書いた。

この日本には、税金で刊行された驚く量の報告書があるが、そのうち真に研究に使える報告書が少ない。研究に必要な情報が記載されていないことなどざらにある。その資料を使って学生たちは、自身の学生生活の集大成である学位請求論文を書かなくてはいけない。そして、行政考古学の報告書記載の形式は(旧石器時代のばあい)、1960年代から70年代の報告書の形式が踏襲されていて、その形式を使って、2020年に研究をしなければいけない。分かりやすく言えば、60-70年代の研究方法に特化した報告書形式の情報へ、2020年代的研究方法を適応させなければいけない。自ずと無理が生じることは想像できると思う。

ただし、学際的な行政考古学の報告書は多々あり、地質の記載や、花粉分析、化学的年代測定などがみられるが、考古学の問題まったく解決されていないものが多い。これらは、自然科学で武装しているに過ぎない。そこでぼくは、修士論文において、税金の無駄をなくすべく、岐阜県下呂市の大林A遺跡の基礎研究を行い、それを資料見学の時間的都合から相当な限界があったが修士論文にまとめた。

ぼくは一時期、行政考古学の変革こそ、日本考古学の革新へとつながると考え(じつは日本の旧石器時代研究史に立ってそう考えるという意外にもまともな考えではあった。)、そうするために勉強をしていた。そのとき、ぼくは行政に入ってもいいと考えていたのだが、考えれば考えるほど、その考えは非現実的と感じるようになる。

行政考古学は多くの市町村に専門家(行政考古学者)を抱えている。おそらくだが、日本でもっとも専門家が多い学問が、考古学といえるほどだ。ではなぜ、それだけ考古学者が散在しているのか。それは、文化財保護法のなかに、埋蔵文化財保護が法律によって定められているからに他ならない。言い換えれば、行政考古学は文化財保護法によって守られ命脈をつないでいる。文化財保護法がある限り、遺跡は破壊できない。しかし、開発もしなければいけない。だから自治体は専門家を抱えなければいけない。

ということは、この日本という法治国家において、この行政考古学を変えるということは、文化財保護法内でなければいけない。ここに行政考古学変革の大きな障壁がある。しかも、現在、行政考古学の根城である博物館などが、地域おこしの一環として観光産業に取り入れられている。これは、文化財やそれに携わる学問の自由にかかわる問題だが、それを変えるのにも文化財保護法に壁がある。

この状況を鑑みて、ぼくは行政への道も断った。

ぼくはつねに自由を求めていた。なんでも語れる考古学を作りたかった。それがこのブログだが、まだ実ってはいない。そしてその先には、ここまで述べていた純正考古学の無思考な受け入れをしているひとびとへの批判ももちろんある。そしてそのぼくの視線へ対しての純正考古学からの批判もあるだろう。なぜなら、ぼくは考古学を名乗りながら、遺跡を発掘していないからだ。

考古学の世界には“現場第一主義”という言葉があるほど、遺跡発掘は重要だと考えられている。なぜなら、資料は遺跡から出土するからだ。遺跡を発掘しなければ、資料を蓄積できない。それは人類学でもそうだと思う。人類学や民族(俗)学などには“安楽椅子の○○学者”という揶揄がある。フィールド調査に出ない学者への嫌味だが、ぼくも、安楽椅子の考古学者(ぼく自身は考古学者と名乗る気はないが)と言われるかもしれない。ぼくはその批判を受け入れようと思う。ただ、ぼくはここ数か月、ぼくの指向は考古学でなく、考古であることを、それとなく、さまざまな投稿で主張している。ぼくは「古」きを「考」えようとしている。そのとき、フィールドにも出かける。つい先日、学友と鳥浜貝塚(福井県)を訪れたし、今度、登呂遺跡(静岡県)や熊野、四国、糸魚川、伊賀、茨城、千葉、東北を訪れようと考えている。そのとき、ぼくは考古学ではなく、想像力を働かせ、そしてエビデンスへも目を向け、論証的に考古しようと考えている。遺跡は物理的には掘らない。

なお、もうひとつ考えられる批判についても答えておきたい。それは「内情を理解していない」という批判だ。残念ながら、ぼくはこの批判に付き合う気はない。専門家には「内情を理解していない」ひとに怒る癖があるのだが、それは危険でもある(言ってしまう気持ちはわかる)。外部からの意見や観察が受け入れられない、となると、もはや文化考察をするコミュニティーとして致命的と言わざるを得ない。文化は多くの面で外部からの観察によるところが大きいからだ。内在的、主観的な文化考察という学風もあるが、すくなくとも、ぼくは多くの場面で前者(外部からの観察)に立っている。

ぼくは純正考古学へは戻らない。ぼくにとってあまりに不自由だ。そしてなにより、ぼくにはやりたいことがある。かたちにできればいいなと考えているが、それもわからない。そのときはそのときだ。

ひとつ最後に。

自由さが さまざまなベクトルで拘束される学問なるものに文化はあるのだろか。いや、作れるのだろうか。

追伸
2020年7月15日に誤字と文章の構成を修正

この続きはcodocで購読

未分類の最新記事8件

>「ひとりの木、考古学」は、色眼鏡を提供します。

「ひとりの木、考古学」は、色眼鏡を提供します。

このブログは、来訪者のみなさんに、ぼくの眼鏡で見た世界を書き表すことによって、色眼鏡を提供すること、それを目的としています。 世界は、正方形でも、まんまるの球体でもありません。見方によって世界は変化します。色眼鏡をかけることによって、それが促されるのです。その色眼鏡をはずし、元の世界をみたとき、あの色眼鏡が見せた世界は何であったのかを考え、「ひとりの木」を育ててほしいと思います。それがこのブログの目的です。

CTR IMG