随筆:像の破壊について

ぼくたち.ホモ・サピエンス・サピエンスという生物は、事実として多くの過ちを犯してきた。たとえば、狩猟圧や自然環境の管理、そして行き過ぎた開発によって多くの生物を絶滅に追い込み、人類同士では、奴隷問題、人種差別、侵略や植民地、虐殺、核爆弾などなど。

そして、ここ数日のあいだ、その人類の歴史の汚点を自覚することが促されている。

人種差別の問題がそれだ。

ぼくは、これら人類がもつ負の遺産について、詳しいわけではない。なので、ここで書けない。ただ、ひとつ言うとすれば、人種差別と両立するかたちで語られる奴隷に関しては、いわゆる生贄や近代的価値とは異なる秩序制度、同人種内での奴隷の略奪と売買という、人種差別とは異なる根源をもつように思える。人種差別と奴隷の問題をも両立して語るとき、このことは心に留めたほうが良いだろう。

また、人種差別についても、「人種」がつく差別と、ひろく一般的な「差別」は分けて考えたほうが良いかもしれない。「差別」はぼくたちがくらす現代社会においても生きている。それは女性差別や性的マイノリティへの差別という分かりやすいものと、目には見えない暗く静かな差別がある。

後者は、(考えがまとまっていないので濁すかたちになるが)ぼくたちの社会を続けるうえで、欠かせないにもかかわらず、ぼくらの生活とは「無縁」となる職業。ぼくは、このような職業に対する無知的な差別は未だ残っていると考える。

で、ぼくがこの投稿を書く意味は何か、と言えば、あるニュースを見たからだ。それは、イギリス首都ロンドンの西部にあるブリストルで、17世紀に奴隷貿易を独占していた王立アフリカ会社の幹部エドワード・コルストンの銅像がデモ隊によって倒され、川に沈められたという(参照)。

偶像の破壊、これは、人類の歴史のなかでこのような文脈ではないこともあるが、たびたび行われてきた。スターリン像の破壊は映像として見たことがあるだろう。

そして、ぼくは考古をやっている人間として、そして、物質がもつ「思い出す」ことを投げかける機能を評価する人間として、この行為に反対する。

残念ながら、ゴルストンの銅像がどのような脈絡でその場に設置されていたのかは知らない。たとえばだが、奴隷貿易によって繁栄した西欧諸国の歴史を、讃歌するような脈絡でもって設置されていたならば、ぼくも人類として反対し、より中立的な設置を求める。それと同時に銅像の撤去は求めない。

ぼくたちは、ものを忘れるという素晴らしい欠点をもっている。ぼくの考えでは、この素晴らしい欠点がある故に、ぼくたちは過去の呪縛から短い時間 解き放たれて、今を生きることができる。

しかし、忘れ続けてもだめだ。ぼくらはいつか思い出さなければいけない。

そのきっかけはどこにある?

そのきっかけのひとつこそ、像などの物質的シンボルだ。

この物質的シンボルは、さまざまな場にあらわれる。政治的広場にはその政治的権威が像としてあらわれる。イギリス議会庶民院の入り口にはふたつの像があり、その一翼が、かのチャーチルである。素材は違うが、アメリカのホワイトハウスから西に少しいったところには、リンカーンが腰をかけている。

もし、この政治的広場という場の意味が変化したら、言い換えれば、それら権威が転覆したら、いま残っている像は、コルストン像やスターリン像(スターリン像破壊についてはこの記事が面白い)と同じように破壊されその場から持ち出される。

ぼくの意見は、先に書いたように、これら物質的シンボルには思い出す力がある。だから像をただ残す、というわけでもない。その意味の場から離散させずにその場に留め置くべきと考える。

その物質的シンボルが、ぼくが先に挙げたような人類的汚点を意味するなら尚更 残さなければいけない。このとき、その場に残すのが良い。歴史はモノや書きつけられた書物にのみ残るものではない。ぼくがかつて「埋立地」と言ったように、その場その場にも意味と歴史がある。

意味をもつ場から離散した物質的シンボルはふわふわとした夢遊病になりかねない。それは大きな意味の損失だ。

ぼくたち人類は近代以降、前を見て進んできた。そして、ぼくたちが生きる現代は、近代以前の多くの汚点、近代以降の多くの汚点を抱えている。しかし、前に進むという価値観は失われてはいない。そのとき、過去の負の遺産である物質的シンボルは破壊され離散する。トラウマ的恐怖をなくすために。

しかしだ、ぼくたちはこの人類の汚点を、知識という能動的な行為でのみ思い出されるところにしまっておいて良いのだろうか。物質的シンボルは受動的にも、その記憶を思い出させる。それを破壊すること、それは、ひとつの愚かな行為ではないだろうか。

ひとは過激化すればするほど、おおくの可能性を捨てていく。それをもう一度思い出そう。

○追伸
じつのところ、この文章は投稿する2週間ほど前に書いたものだ。書いたはいいが、投稿するべきか否かを悩んでそのままにしていた。そして、その存在も忘れていた。けれど、考古をやる人間として、この問題はとても重要と考え、随筆ではあるが、投稿することにした。

偶像破壊や、像の問題は考古がもっと進入していい領域だと感じる。2019年のあいちトリエンナーレにおいて、いわゆる慰安婦像が問題になったのは記憶に新しい。ぼく自身も、もう少しこの問題については考え、勉強しなければいけないと感じている。いつか、かたちにしたい。

2週間ほど、放置していたため、情報が古くなっている感がある。チャーチル像についても、問題とする記事を見た(参照)。

また、BLMについては、この文章を書いたときとくらべ、日本ではあまり聞かなくなった。それと同時に、K-POPファンダムによる、アメリカなどの政府や行政への行為が問題にもなっている(参考1.参考2)。もはや、K-POPアーティスト・アイドルの考えから逸脱している感は否めない。演者側も自身の行為がここまでの副作用を生むと考えもよらなかっただろう。それと同時に、K-POPはそれほど大きなものになり、責任もまた重くなったことが伺える。

人種差別と歴史の汚点についても、もうすこし考えてみたい。人種差別は今日もっとも非難される行為のひとつであることは間違いない。しかし、数十年前までそれは当たり前のことだった。過去にはその痕跡がありありと残っている(もちろん今回の像を含む)。だが、この問題はとても難しい。人種差別が当たり前だった時代のうえに、ぼくたちの時代が成り立っているからだ。ぼくたちはその犠牲のもと今を生きている。

だから、人種差別者だといって過去のひとびとを批判し抹消するようなこと、そのひとの他の業績(ぼくたちの生へとつながる)まで帳消しになるような否定は現代に生きる以上困難だと言える。ぼくたちはその恩恵を受けてしまっているのだ。チャーチルの例はその典型。

過去の偉人が人種差別主義者だった。その批判は歴史としては正しい。しかし、それによって非難し、そのひとの存在そのものを非難するのは、事後法の適用のようにも思える。この問題は一朝一夕で決断できるものではない。より冷静さを要する。でなければ、今を生きるぼくたちは、なぜ今を生きているのか説明できなくなってしまう。

場の記憶と物質的シンボルについては、その関係性こそ大事だととりあえず主張しておきたい。ただし、先にあげたスターリン像の今を追う記事をみてもらえれば分かるとおり、場を離れたことによって、夢としての残骸と、その残酷な歴史を思い出すこともまた可能だ。この側面は目逃せない。だが、場を離れたシンボルは、いつ どこで だれが 目にするのかわからない、という問題もある。まるっきり忘れ去られ草木に覆われ、見えなくなってしまうかもしれない。それは、モノがもつ受動的な思い出しを阻害することになりかねない。モノは日常的に接することができること、それが大切なのではないだろうか。

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「ひとりの木、考古学」は、色眼鏡を提供します。

このブログは、来訪者のみなさんに、ぼくの眼鏡で見た世界を書き表すことによって、色眼鏡を提供すること、それを目的としています。 世界は、正方形でも、まんまるの球体でもありません。見方によって世界は変化します。色眼鏡をかけることによって、それが促されるのです。その色眼鏡をはずし、元の世界をみたとき、あの色眼鏡が見せた世界は何であったのかを考え、「ひとりの木」を育ててほしいと思います。それがこのブログの目的です。

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