これからの投稿

  • 2020年6月21日
  • 2020年6月21日
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ここ数ヶ月、問題意識や好奇心が比較的健康な状態で維持でき、これまでにない投稿頻度とひろい事象を拾うことができました。まだまだせまい世界ですが、なんとかその突端に踏み入れた思いです。

ですが、この状態がいつまで続くかはわかりません。なにより、今後ぼくが投稿したい文章に気を入れるため、少しばかり頻度が下がります。その今後の投稿について簡単に告知します。

ぼくが今書きたいことはいくつかあります。

まず、今年の11月までにひとつ長い文章を書こうとしています。内容は詳しく言えませんが、主軸は「前期旧石器捏造事件」についての再評価、ということになるつもりです。ぼくはこれまで、捏造事件を批判しかできなかった。しかも、学史的批判としてのポジションでしたので、考古学者に向けたメッセージしか発することができなかったのです。

しかし、ぼくは、捏造事件の本質とはもっとわかりやすく、ひろいものだと考えています。そこへやっと進めるような気と、決意ができました。今その努力をしているところです。

これまでぼくが書きてきたことのひとつの集大成になると思います。

ふたつめの書きたいことは、直感をいかに大切にするか、です。ぼくが学術の世界の雰囲気に馴染めなかったのは、直感をいろんな武装で見えなくさせなければいけなかったことがあります。

ぼくは、このブログで直感を隠すことなく、見えるように武装しようと考えています。その論理的軸をいつか書こうと思っているところです。この直感に関して、もうひとつ感情移入についても書きたいと思いますが、それは、捏造事件の文章で、先に実践することになる予定ですし、BTSに関する文章もその実践のひとつです。

BTSから考える日韓の歴史問題

BTSから考える日韓の歴史問題(補足)

BTSからのぞく韓国の徴兵制と表現

ちなみに、今この直感について考えている内容は、文章の形態を、過去→現在→未来というかたちではなく、現在→過去→現在にすることにもなると思います。

もうひとつ書きたいこと、それは「澪標」の続編です。

澪標1 歴史

内容はまだ伏せますが、アバウトにいうと「思い出すこと」を書くことになると思います。今、頭の中で考えていることからすると、この文章は、ぼくがこのブログでふたつめに書いた「ひとりの木とは」の発展版になるはずです。

とりあえず、今書きたいことはこのみっつです。

ぼくが書きたいことの根本、それは日常です。ぼくは日常と呼ばれる、美しくも残酷で、そのなかでもがき苦しむひともいれば、夢遊病的に生きているひともいるこのひとつの世界を、どうにかしてぼくの眼鏡をとおして、言語化したい、表現したいと思っています。今 上に書いた書きたいことは、それへの布石です。まだ日常の言語化はできてはいないのですが、これもまたいつか、まとめたいと思っています。

もし、期待してくれるひとがいるなら、投げ銭してください。

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「ひとりの木、考古学」は、色眼鏡を提供します。

このブログは、来訪者のみなさんに、ぼくの眼鏡で見た世界を書き表すことによって、色眼鏡を提供すること、それを目的としています。 世界は、正方形でも、まんまるの球体でもありません。見方によって世界は変化します。色眼鏡をかけることによって、それが促されるのです。その色眼鏡をはずし、元の世界をみたとき、あの色眼鏡が見せた世界は何であったのかを考え、「ひとりの木」を育ててほしいと思います。それがこのブログの目的です。

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