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書けない

  • 2020年3月10日
  • 2020年3月10日
  • ゆるく

ここ最近文章がまるっきり書けないのです。

本当は、2010~という投稿につづいて、歴史に関する投稿と考古に関する投稿を用意するつもりでした。しかし、ぼくの脳みそはカラカラに乾燥した糸瓜のように、何も含まず、何も出ないものになっているのです。

いくら髪の毛を引っ張って刺激を与えても、いくら悩んでも言葉が出てこない。

といても鬱憤とした日々を過ごしています。

本当は歴史はすべてを解消できるという投稿をするつもりでした。しかし書き始めると、いろんな場面が見えてきてうまく言語化できないのです。いましか生きれない私たち人間が、過去をなぜ語るのか。それは脳みそに記憶があって、それを外化させることで記録を作るからです(この行為が考古学を可能にする)。

こう書けば話は単純ですが、書こうとするともっと複雑になりどうもうまくまとまらない。

たとえば、いましか生きれないわたしたち実は記憶があり過去にしばれれながらいまを生きている。これによって歴史は可能になります。

そしてぼくはいつかの投稿で書いたと思いますが、歴史はつねに現在とつながるべきという考えをもっている。言い換えると現在を理解する行為、それが歴史を構築することだということです。ただただ何百年前の暮らしを再現することそれを、ぼくは歴史とは言いません。それはただの過去の復元・考察でしかない。歴史で重要なのは過去のその行いや出来事がどういまにつながっているかです。

そこから考えるに、いま生きている私たちが過去を考えるという行為をしているだけで、過去と今は地続きになる。ともいえる。けれど、ぼくがいう現代へつながる歴史は、その行為によってなるものではない。

もっと創造的なつながり。なのです。

それは、見ようによっては世界を違うように見れるというようなことで。俯瞰した目線でもある。しかし、野家啓一の『物語の哲学』(2005岩波現代文庫)などを読んでもらえれば分かると思いますが、ぼくがここでいう俯瞰とは、つながりを見出す俯瞰であって、映画の観客的視線といったほうがいい視線なのです。

ぼくという個人が、過去を勝手みつめ、そこに勝手に感情移入し、勝手に現在とのつながりを見出し、勝手に現在を語る。この個人が俯瞰で見るという少し矛盾気味な行為こそ、創造的な構築によってできた歴史であり、現在指向の歴史になる。

この観客的目線で歴史を見るというのは、ぼくが映画をみていて不思議だなと思ったこと(これも今度書きたい)と、東浩紀の『ゲンロン0 観光客の哲学』(2017 ゲンロン)から得た視線です。

ここまでの文章をもっとまとまった形に仕上げたいのに、それができない。ほんと悲痛です。

出来ればそれを書いて、のちに考古の普遍性を書いてリスタートを切りたい。けれどそれはいつになることやら。。

それと、Twitterやめました。もう少しで新年度となるのでいろいろと断捨離をするべく本当に削除。あのアカウントはもう復活しません。

しかし、投稿したことを知らせるツールも必要なのでもしかしたら新しいアカウントを作成するか、ほかのプラットフォームへ変更するかまだ考え中です。この投稿もTwitterに載せれないので誰が読むのか、、、

Twitterをやめた理由はいろいろとありますが、大きな理由はエゴサされるのが嫌になったこと、そして民度の低さですかね。まぁどうでもいいのです。

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「ひとりの木、考古学」は、色眼鏡を提供します。

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