台風19号から。ホームレスと埋立地

  • 2019年10月17日
  • 2020年4月12日
  • 埋立地

台風19号という災害

2019年の台風19号は日本列島、特に東海以北に甚大な被害をもたらし、ぼくが文章を書いている2019年10月17日の段階では、70人以上の犠牲者が出ている。2019年10月22日には即位礼正殿の儀が執り行われることも相まって、この台風は令和を象徴する自然災害のひとつとして歴史に残ることになるだろう1)10月17日に祝賀御列の儀が延期されることが発表された。

この台風19号は1週間前から気象庁やマスメディアの注意喚起が行われ、国民はいやおうなしに対策を検討することとなり、スーパーやホームセンターでは買い占めが起こった。また、Twitterではフェイクが乱立し情報が錯綜した。

ぼくは今回のこの台風によって浮き彫りになった、ホームレスの問題に注目している。

台風19号でのホームレスの問題

その問題とはなにか。具体的なものとしては東京都台東区において、ホームレスの避難が拒否された問題だ。15日には区長より謝罪が行われ、このニュースに関するYahoo!ニュースのコメント欄では自業自得論や衛生的な問題からして仕方がなかったという意見がトップを飾っている。

吐露してしまえば、

ぼくはこの状況にいささか納得できない反面、ぼくのニヒルさが顔を出しこの意見をある程度容認するような態度で揺れている。しかし、このニヒルさと自業自得論は愚かであることは変わりない。それは理性的にわかってはいる。だからぼくはこのような状況に置かれたときに、決断を悩み苦しむ人間になりたい。

ホームレスの問題は台風19号のみに還元できる問題ではない。そしてぼくはこの問題をきっかけにあることを思い出す。それこそホームレスと埋立地の問題である。

ホームレスと公園

このブログでいくどか書いている、ぼくの地元はディープな名古屋だと言われることもあり、ヤクザの事務所もあれば長屋もあるような町だ。しかし、いまでもどことなくディープさをもっているこの町からいなくなってしまった存在たちがいる。それがホームレスである。

ぼくが幼かったころ、緑地公園に行けば橋の下の空き地にはブルーシートがあった。ホームレスは身近な存在でありつつ、近寄ってはいけないひとびとだった。しかし、あるとき、橋の下の空き地にはフェンスが立てられ、侵入不可能になりそのホームレスたちはどこかに消えてしまったのだ。いまその緑地公園はウォーキングや井戸端会議、季節によっては花見をするひとたちの姿しかない。そこにいるひとびとは、そこにいたはずのホームレスたちを“見えないひとびと”とし、忘却の彼方へ葬っている。そして罪の心もないこどもたちはその公園で遊んでいる。

緑地公園はきれい化された。そこにいたはずのホームレスたちはいまどこで何をしているのか。そしてどんな手順で退去したのかぼくは知らない。排除されたのか社会復帰したのか。

6月と9月の経験

それから何年もたった今年の6月、ぼくは名古屋で後輩ふたりと飲む約束をとり、その時間まで名古屋の古本屋巡りをした。名古屋には神前津から鶴舞公園周辺に多くの古本屋が建ち並ぶ。ぼくはいくつかの店へ立ち寄っては、考古学やその他もろもろの古本をカバンに抱えて歩いていた。しかし、まだ時間がある。ぼくはそのまま鶴舞公園へと足を運び公園内の歴史に関するパネルを軽く読みながら過ごすことにした。

ここ鶴舞公園はPokémon GOの聖地として有名だ。レアポケモンが出現するらしい。そして聖地として言われるゆえんはもうひとつ。それは上空から鶴舞公園のあるモニュメントを見下げると、ポケモンボールに見えること。

そんな鶴舞公園を歩く。

鶴舞公園を訪れたのは久しぶりで、高校生のとき地元の友達とNARUTOの試写会に行ったきりだった。

そんな記憶を呼び起こしたり、ぼくの生より昔の記憶である公園内に設置された鶴舞公園の歴史のパネルを読み暇をつぶす。こんな時間を過ごしていたあるとき、ぼくはあることを思い出した。

かつてこの鶴舞公園には、多くのホームレスがいてブルーシートだらけではなかったか。。

そう思いまわりを見渡すとそんな面影は残っていない。いるのは大学生やカップル、高そうな愛犬をつれ犬友達と談笑する大人たち。そしてスマートフォンの画面へ引き込まれているひとびとだけだった。

ここにもかつてぼくが体験したきれい化の波は押し寄せていた。

「国による「ホームレスの実態に関する全国調査」にかかる 名古屋市分のホームレス数の調査結果について」2)(http://www.city.nagoya.jp/
kenkofukushi/cmsfiles/contents/
0000117/117019/kf190426.pdf
 
という書面を見ると、平成15年の鶴舞公園には65人のホームレスがいた。しかし、平成31年にはふたりに減少している。ぼくはそのふたりすら見つけることはできなかった。

名古屋でホームレスがいた場所を先の書面から挙げれば久屋大通公園や白川公園がある。そしてその人数は、平成15年の久屋大通公園には208人、白川公園には116人のホームレスがいたらしい。それが平成31年になるとどちらも0人に減少している。平成31年段階でもっともホームレスが残っている公園が若宮大通公園で33人(平成15年段階では277人)だ。みな、きれい化の波に押しどかされている。

ぼくは久屋大通公園にも若宮大通公園にも行ったことがないが、9月に白川公園の近くを歩いている。白川公園は名古屋繁華街のど真ん中に位置しており、公園内には名古屋市美術館と名古屋市科学館がある。

ぼくが訪れたそのとき、公園にはあいちトリエンナーレの旗が掲げられ、演舞の練習をしている若いひとびとがいた。

白川公園にもホームレスの面影はなかった。

ぼくはここでひとつ考えをめぐらす。

鶴舞公園には図書館がある。そして名古屋市公会堂というホールもある。ぼくが暇をつぶすために訪れたその日も、公会堂では何かイベントが行われていたし、NARUTOの試写会もそこで行われた。

先述したように白川公園にも文化施設がある。

そしてかつてそこには、文化施設という知的生産場所とは異なった存在であるホームレスたちがいた。このふたつは少なくともある時期まで共存していたのだ。しかし平成31年から令和元年にいたるいまこのとき、その共存関係はきれい化の波によってなくなり、文化施設とそれに近い存在のひとびとのみがその公園を占めるようになった。それは、まるで上書き保存のように、かつての姿を想像できないまでに。

ぼくはこの現象を東浩紀の「悪の愚かさについて、あるいは収容所と団地の問題」という論考を考古学的に解釈して“埋立地”と呼びたい3)ここで明確にしておく。ぼくは東浩紀、特にこの「悪の愚かさについて、あるいは収容所と団地の問題」『ゲンロン10』2019に大きな影響を受けている。ご自身でこの論考を読んでもらえば、ぼくがいかに影響を受けているかが分かる。東は大量生と大量死の接続として地下に注目し、また、東はキエフのバビ・ヤールの「埋め立て」(36頁)についても書いている。

埋立地と記憶↔歴史

いま名古屋のふたつの公園は埋立地になり、かつていたひとびとの歴史を刻まず、意識無意識的な忘却をおこない。きれい化している。

事実、鶴舞公園のパネルにはそんなホームレスの存在など書かれていない。しかも、公園にはホームレスたちがいたという記憶を立ち上げることができるモノすら残っていない。痕跡ごと消えている。ぼくはこの歴史に満足できない。このままでは、そこにいたはずのホームレスたちは見つけられないまま破壊された遺跡のようにどこかへと消え、見えないひとびととなるだろう。

彼ら彼女らはなぜいなくなったのか。そのこたえのひとつとして挙げられるのが、自立支援活動である。

自立支援の結果であればいいことだと思う人もいるだろう。しかし、ぼくがここで問題として考えているのは、ホームレスたちがそこにいたという“場の記憶”としての”埋立地“である。

その記憶は自立支援という素晴らしい活動の副作用としてなくなっていく。この記憶は継承する必要があるのではないか。なぜならその場の記憶はぼくたち足の下にあるかもしれない犠牲について思いをめぐらせ考えるきっかけだからだ。ぼくは足の裏から思考することの可能性を考えている。それは歴史学として考古学として必要ではないだろうか。少なくともぼくはそう考える。

足の上らから思考する。これは、ぼくたちがいまこのときも過去を上書き保存し埋立地にすることで生きているということ、そして何より、ぼくたちはどこに行っても埋立地の上に生きざるを得ないことをより豊かにするかもしれない。

思いをめぐらす

ホームレスたちはどこに行ったのか。そして彼ら彼女らはその後どのような生活をしたのか。的確な支援のもと自立できたのだろうか。ぼくは思いをめぐらすことしかできない。そしてこの思いのめぐらしは、ぼくの脳内記憶のみでまかなっている。モノがない以上それに頼らざるを得ない。

台風19号も同様に。地球が自転公転する限り、ひとが死ぬ限りいつか埋立地になる。その日のために記録を残そう。

その記録というきっかけさえあれば、足の裏から埋立地の存在を察し、思考することができる。

ぼくは

だれでもが思いをめぐらすことができるきっかけのために、

いま台風19号という歴史的災害をきっかけにして、犠牲者への哀悼とホームレスたちへの思いとしてこの文字のつながりを、

ここへ。

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脚注   [ + ]

1. 10月17日に祝賀御列の儀が延期されることが発表された。
2. (http://www.city.nagoya.jp/
kenkofukushi/cmsfiles/contents/
0000117/117019/kf190426.pdf
 
3. ここで明確にしておく。ぼくは東浩紀、特にこの「悪の愚かさについて、あるいは収容所と団地の問題」『ゲンロン10』2019に大きな影響を受けている。ご自身でこの論考を読んでもらえば、ぼくがいかに影響を受けているかが分かる。東は大量生と大量死の接続として地下に注目し、また、東はキエフのバビ・ヤールの「埋め立て」(36頁)についても書いている。

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