進撃の巨人がおもしろい

  • 2019年9月20日
  • 2019年9月20日
  • ゆるく

今回はゆるい話です。

ぼくはもともとあまりマンガを読みません。高校生まではジャンプを毎週読んでましたが、大学生になるとだんだんと読まなくなってしまい、いまとなっては王道のワンピースすら内容が分からない始末だし、ほかに何が連載されているのか知らない。。

ぼくら90年代生まれ世代にとっての王道マンガは、ワンピース、BLEACH、NARUTO、トリコとかでしたが、いまはワンピースしか連載されていないわけですよ。

そんななか唯一、連載されているマンガで呼んでいるのが、タイトルに挙げた「進撃の巨人」です。ぼくが進撃の巨人に興味をもったのがいつかは覚えていませんが、最初「進撃の巨人」というタイトルを聞いたとき、くだらない感じがして毛嫌いしてました。しかし深夜にTVで進撃の巨人を偶然見かけ衝撃を受け好きになりました。

その偶然見かけた回がリヴァイ班VS女形の巨人の戦い。まぁ見たことがあるひとならわかると思いますが、まあまあの鬱回ですよね。どんどん周りの人が死んでいくこんなアニメが、進撃の巨人という比較的わかりやすいタイトルでやられていたこと、その違和感、温度差に驚愕。。という訳です。

そこから、アニメを2日ほどかけ全部見て、引き込まれました。いろんな人が死にすぎる点がいい。ある程度大人になって、いくつかの経験を積むと「世界とかマジくだらなくね?」「フィクション―ジャンプマンガ―みたいにうまくはいかないこともあるし、努力もむくわれないこともある」みたなニヒルに落ち込むと思います。少なくともぼくはそうでした。その心に進撃の巨人のリアルさや残酷さがすっと入ってきました。ここがぼくがすくになった理由です。

しかしなぜあそこまで作者が暗い物語を必要としたのか、ぼくはわかりませんが、ぼくが勝手に思っていることは、進撃の巨人の残酷さそして考察をグサッと切り裂いていく感じがとても現代にフィットした物語といえるということです―注意!! ここからはぼくの考えでありエビデンスはありません―。

わたしたちの世界はときに、ポスト・トゥルースなんかといわれ、真実性や事実という概念が感情によって値崩れしていて、そこに憂鬱を感じ「もういいやこんな世界」とか思っちゃう。しかも頑張ってこれが正しいと思っても、情報多様化のおかげで、どっかの誰かさんの意見ではそれは間違っているらしいなんてことも起こる。いまぼくたちが信じれるのは何もないのかもしれない。ときにひとは、宗教という同じ悩みと同じ正義を共有する団体に入ったり、アイドルに入念したり、趣味に没頭したり、SNSのなかで猫の画像をながめたり、選挙に行かなかったり、デモに行ったりして信じるものを得ようとする。しかしそういう有象無象の社会をときに無差別的に社会を横断している情報によって「信じるものはないかもしれない」というニヒル感を強制的に記憶として呼び起こされる。

そんな世界でのひとときに進撃の巨人を開くと、そんな疲れた世界がもっと残酷に描かれている。ときには反出生主義まで描かれそれがもはやそれが「正しいのかもしれない」とさえ考えるわけです。そのあきらめを促してくる、絶望感を共有する進撃の巨人は一種の避難所なんじゃないかと思います。

ぼくたち、わたしたちは世界につかれた。そんななか、もっとひどくそして一種寄り添うような世界・避難所がマンガのなかにある。だから進撃の巨人はいいのだと言いたいです。ただ問題は進撃の巨人が避難所として存在しきっているわけではなく、結局は現実に戻されてしまいます。進撃の巨人は避難所としてそこに閉じこもらせるツールという訳ではなく、避難したとたんにリアル世界に戻される。そんな点もいいとおもいます。

まぁお判りいただけると思いますが、ぼくは世界に絶望しています。だから進撃の巨人を避難所として考えているわけなんで、世界に絶望していない人から見れば進撃の巨人のそういった面での良さはわからないかもしれません。

ぼくは進撃の巨人を現代にフィットしたマンガだと思います。そしてもう少しで進撃の巨人は連載が終わると思います。だからこそいま読んだほうが面白いと思うし、もし未来に世界が平和に包まれ世界統一の思想が誕生し矛盾なき世界が訪れたとしたら、「進撃の巨人って2010年代にはやったらしいけど何が面白いんだ」みたいなことになるかもしれません。だから進撃の巨人は“いま”なんです。

雑談ですが、一回進撃の巨人の外部構造がそのニヒル感をあおっているという話もしたいと思いますがそれは今後。そして進撃の巨人で悪魔の末裔として差別されているユミルの民―エルディア人―の過去と現在と未来への視線は歴史問題としても解釈できるのでそこも絡めながら書こうと思っています。そしてBLEACHも絶望という文脈でとらえることもできると思います。どんだけ努力して強くなってもチャドの霊圧は消えるんですから。。

ゆるい話でした。

次回は多分まじめな話だと思う。

ゆるくの最新記事8件

>「ひとりの木、考古学」は、色眼鏡を提供します。

「ひとりの木、考古学」は、色眼鏡を提供します。

このブログは、来訪者のみなさんに、ぼくの眼鏡で見た世界を書き表すことによって、色眼鏡を提供すること、それを目的としています。 世界は、正方形でも、まんまるの球体でもありません。見方によって世界は変化します。色眼鏡をかけることによって、それが促されるのです。その色眼鏡をはずし、元の世界をみたとき、あの色眼鏡が見せた世界は何であったのかを考え、「ひとりの木」を育ててほしいと思います。それがこのブログの目的です。

CTR IMG