ちょっと東京へ② ひさびさに学会へいく

ちょっと東京へシリーズ第2弾です。

今回は6月30日に開催された旧石器学会シンポジウムに参加したことについて書いていきます。

学会へ

今回参加した学会は旧石器学会という、日本の旧石器研究者が集う学会です。その学会のシンポジウム(シンポジウムとは討論会です)「旧石器研究の理論と方法論の新展開」に参加。まぁ内容はここでは書きません。

今回書きたいのは、このシンポジウムで最初に発表した安斎正人さんについてです。安斎さんは、1945年に生まれた理論考古学というジャンルの研究者で、欧米諸国の考古学の動向を注視し、多くの理論を日本に導入、実践した人物で考古学をやっている人は誰もが知っている研究者のひとり1)ぼくも学部生、大学院生時代に安斎正人さんの論文や著作を多く読みました。実は安斎さんの文章は難解で有名で、相当苦戦しましたが大学院2年生頃には7割は理解できるようになりました。。

非常に有名な研究者ですが、シンポジウムなどで発表している姿は見たことがありませんでした。今回は発表するということでぜひ聞きに行こうと思った次第です。

安斎正人さんの発表

安斎さんの発表の内容は「考古資料から歴史構築へ」というタイトル。この発表で安斎さんは、なぜ自分がこのような研究をしているのかを自身の人生を回顧しつつ、その正当性を述べられました。

研究というと非常に普遍的なもに感じるかもしれませんが、実はその研究者の人生によって構築された、その人の人生観世界観に大きく左右されます。そのため、「なぜこの人はこの目線にたどり着いたんだろう?」といった疑問はその研究者の人生がどうだったかを知ることで、解消することができるんです。

だからこそ、研究における批判には、その人の人生観世界観を理解し、話し合わなければ議論は平行線になってしまうので、安斎さんの発表はその点で非常にいい発表だったわけです。

まぁ、安斎さん自身最近の著書には私的回顧を書いていることが多い2)安斎正人 2004『理論考古学入門』柏書房,安斎正人2017「理論考古学とは何か―私的回顧と展望―」『理論考古学の実践Ⅱ実践篇』安斎正人編などので、それを読めばわかる話ではあるんですが、その人自身の身長、頭髪、顔、声、ファッションなどを直接認識しながら話を聞くということは、論文という紙媒体では得られない、何かを得ることができるので、いい機会になりました。

また安斎さんには佐藤達夫さんと渡辺仁さんという師匠がいます。安斎さんの論文には必ずと言っていいほど登場する研究者です。なぜ、この二人をそこまで慕い、特別な感情を抱くのかについて、安斎さん自身から最後のまとめにおいて、映画好き、特に黒澤映画の青年が師匠の下に行き修行をするというストーリーが好きという姿勢が、その師弟関係を作り、佐藤、渡辺両氏の遺志をつないでいきたいと考えるんだろう。という話まで伺うことができました。

まとめ

安斎さん以外にも熱い話はたくさんあったんですが、今回は安斎さんに絞って書きました。なぜなら、先述した人生観と世界観によってその人の視線は固定されるという考え方はこのブログにおいても大いに活躍してくるからです。

ぼくはかつて「一枚のくたびれたプリントによって呼び起こされたもの」という投稿をしています。これはぼくの私的回顧です。かつてバカだったぼくなぜいまこんなことをしているのかについて書いていますが、かつてバカだった自分という存在は今のぼくを大きく規定していると思うんです。

なぜぼくは意識的にアカデミックなインテリの世界から外れたのか。それはかつてバカだったことが理由の一つだろうと考えているわけです。

このことについては、この「ちょっと東京へ」シリーズが終わってからはじめる考古学に関する投稿で、考古学的ぼくの私的回顧-なぜぼくは純正な考古学から離れ、インテリの世界を避けたのか―を書く予定なので、そちらを読んでください。

このシリーズですが予定ではあと2回で終わります。ひとつは台場の科学未来館で開催されている「マンモス展」についてと、国立近代美術館で開催されている「高畑勲展」について書こうと思います。

ではまた。

脚注   [ + ]

1. ぼくも学部生、大学院生時代に安斎正人さんの論文や著作を多く読みました。実は安斎さんの文章は難解で有名で、相当苦戦しましたが大学院2年生頃には7割は理解できるようになりました。。
2. 安斎正人 2004『理論考古学入門』柏書房,安斎正人2017「理論考古学とは何か―私的回顧と展望―」『理論考古学の実践Ⅱ実践篇』安斎正人編など

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「ひとりの木、考古学」は、色眼鏡を提供します。

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