ひとりの木とは

要約 このブログのタイトル、「ひとりの木、考古学」という名前の由来について述べていきます。まず、「ひとりの木」についてですが、これは知(知識)と木が形態的に類似しているのではないか。と考えたことに由来します。木には根や幹や枝がありますが、知もまた同様に、そのような構造があるのではないでしょうか? その考えを基本にして、次のワード「考古学」を見ていきましょう。考古学は、ぼくがもつ知でいう幹に当たりま […]

お知らせ

私的な事情によりTwitterアカウントを削除しました。また、ここ最近勉強に身が入らず10日間以上、本もろくに読めない日々が続いているので、このブログの更新を一旦停止、最悪の場合閉鎖も考えています。そのため再開は未定です。もし応援してくださっていた方がいるのならば、すみません。 では、もし再開したときに会えるのであれば会いましょう。

伊勢湾台風から60年とのこと

ぼくの地元は、埋立地で工業地帯である。そのため海抜が0mよりも低いところがしばしばある。そんな立地であるために水害に弱い。 その中でも1959年の伊勢湾台風はこの地域を襲った自然災害のなかでもっとも凄惨なものだろう。ぼくはかつて「非考古学ボーイ↔音楽」という投稿で、ぼくの地元地域には歴史がなく、あげられるのは伊勢湾台風ぐらいだと書いた。そのため、ぼくたちは義務教育期において、伊勢湾台 […]

映画タイタニックをみて思う。ひとびとの生と死、そしてその痕跡。

セリーヌ・ディオン ぼくはこの世界で一番歌が上手いひとは、セリーヌ・ディオン(Celine Dion)だと思っている。彼女の声帯やその他の体のつくりは天賦の才に満ちている。その彼女の歌曲の中でもっとも有名かつ、歌唱力が必要とされる曲のひとつが、この投稿のタイトルにある映画タイタニック(監督:ジェームズ・キャメロン 1997年公開)の主題歌“My Heart Will Go On”だろう。 ここ最近 […]

非考古学ボーイ↔音楽

みなさんは、“考古学ボーイ”という言葉を知っているだろうか。考古学界隈ではよくつかわれる言葉のひとつだ。その言葉の意味は単純で考古学好きの少年を指す。考古学好きの少女がいれば“考古学ガール”といえる。 後期旧石器時代研究に大きな貢献を果たした小田静夫は、自身が考古学ボーイであったことを明言しているし、竹岡俊樹もまた中学生のころ石器と出会っている。考古学への入門は考古学を好きになる瞬間(モノとの感動 […]

進撃の巨人がおもしろい

今回はゆるい話です。 ぼくはもともとあまりマンガを読みません。高校生まではジャンプを毎週読んでましたが、大学生になるとだんだんと読まなくなってしまい、いまとなっては王道のワンピースすら内容が分からない始末だし、ほかに何が連載されているのか知らない。。 ぼくら90年代生まれ世代にとっての王道マンガは、ワンピース、BLEACH、NARUTO、トリコとかでしたが、いまはワンピースしか連載されていないわけ […]

考古学:リアルとフィクションをつなぐもの②―恐竜とジョーンズを素材に―

なかつぎ さて、ここからフィクションな考古学について書いていく。前の投稿である—漢字の問題—で述べた問題はこの投稿の最後らへんにもう一度召喚されるので、そちらを先に読んでもらいたい。 このフィクションな考古学というイメージは、もともとぼく自身の体験から生じた概念である。 フィクションな考古学 ぼくはよく考古学をやっていると言うと、「恐竜やっているんだ」と言われたり、むかし遺跡発掘調査の説明会で、こ […]

考古学:リアルとフィクションをつなぐもの①―考古学という漢字の問題―

はじめに 「考古学と聞くと一般の方々はなにをイメージするんだろ?」 ぼくは学生時代に一般向けの博物館展示をいくどか企画実施したことがある。そのとき考えるのがこの疑問だ。それについてぼくはこう考えている。考古学にはさまざまな側面があり、その多様性から考古学という学問のリアルなさまとは違った、イメージがふわふわと浮遊している。と。 この投稿と次の投稿では、そのふわふわとしたイメージとして存在する考古学 […]

前・中期旧石器時代捏造事件へのぼくの視線

はしがき この度、ぼくの小論「遺跡の立地状況と実験考古学」が『月刊 考古学ジャーナル』No.730“特集前中期旧石器捏造から20年”に収録された。ぜひ読んでほしいと思っている。この投稿では紙面の関係で小論では述べることができなかった広い話をしていこう。 なおここでは、ぼくの小論の内容はあまり触れない(著作権の関係もあるし)、内容それ自体はこの特集をお読みいただきたい。しかし、専門論文であるため、専 […]

>「ひとりの木、考古学」は、考古学的な視線を現代に生かすことを目的としています。

「ひとりの木、考古学」は、考古学的な視線を現代に生かすことを目的としています。

考古学、それはかつての人間(ヒト)によって残されたモノを観察し、そこから忘れ去られた、なにか(行為や情景などなど)を呼び覚ます学問です。そのため、一般的に考古学は人文学、特に歴史学の中に含まれます。 歴史学に含まれるという学問的性質上、考古学者はよく過去に囚われてしまうのです。このブログは過去に囚われない考古学を構築し、現代へとその視線を広げます。

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